竹富島

竹富島
石垣島から船で15分の竹富島。
カレーライスの皿をひっくり返したみたいな平らな島のほぼ中央に唯一の集落がある。
集落の大半には赤レンガの琉球屋根が葺かれ、珊瑚混じりの砂でできた道は眩しいほどに白く、道の両側には、灰褐色の珊瑚の壁に鮮やかな差し色を入れるブーゲンビリアが咲き乱れる。むろん、家屋の上には、ユーモラスな表情をしたシーサーが、家を、島を守る。
この桃源郷のような場所は、竹富島の人々の文化意識によって、このようになっている。
原則として、島民の申し合わせによって、旅館やホテルの類いは許されず(近年、この原則を揺るがす大きな出来事があり、島民首脳部によって血判状がつくられる騒ぎにまで発展した)、琉球屋根を葺く場合には、補助金が出る。
竹富島は琉球における民俗学の宝庫なのだけれども(種子取祭の奇抜さといったら!)、それ以前に、琉球の心の宝庫だという意識が住む人の側に濃厚にあり、外部資本に土地を売らないだけでなく、住民の今の暮らしの文化をそのまま維持できるよう、経済的にも配慮されている。維持するための「竹富島憲章」が、採択されている。人口336人、戸数120戸の、この島の人たちが決めた未来だ。
八重山地方の島のおもしろさは、島の大小だけでは島々の政治史が測れないところにある。
そもそも、石垣島こそ「石垣市」だが、それ以外の八重山諸島のすべての島は、「竹富町」だ。小浜島も西表島も波照間島も、町名はすべて「竹富町」となっている。
竹富島はちっぽけな隆起珊瑚礁の島だけれども、本土の室町期には、琉球弧で2番目に大きい西表島、3番目に大きい石垣島、それらを含めた八重山諸島全体の、蔵元(総督府)が置かれていた。
竹富島の出身者で初めて首里政府の官吏になった西塔(竹富島では島出身の最大の歴史上の人物である西塔を神として祀っているし、その呼び方も「様」付けである)が、この小さな島の故郷であるためにここに総督府を置いたという見方もあれば、マラリアその他の風土病がない唯一の島だったからという説もある。

竹富島

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Flickrに画像あります。
竹富島(2014.9.22)

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