むさぼり読んでいたあの時代を描いた「ロッキング・オン天国」

ロッキング・オン天国
クソみたいな80年代にあって、いたいけな高校生であったオレの心に爆弾を仕掛けたのは、「ロッキング・オン」の渋谷陽一だったり松村雄策だったりするわけだが、その後の黄金期の中心人物であった増井修や山崎洋一郎も、やっぱ、オレの心にじんわりと毒物を染み込ませてくれたわけ。つか、年齢が近いせいもあって、こいつらのほうが心の深いところへの浸透力は凄まじかったな。
彼らの次の世代の市川哲史や鹿野淳になると、頑張ってるな!すげーな!ってのはあっても、影響を受けたかという次元とは違うわけで、やっぱ、ど真ん中は増井修や山崎洋一郎ってことになる。

今読み返すと、よくもまああんな観念主義だらけのテキスト(音楽に託した自分語り!)に騙されてきたもんだわ!と思うのだけれども、そこはそれ、10代のハシカみたいなもん、通過儀礼みたいなもんで、ちゃんと通過しといてよかっと思うわけです。
痛みとか感傷とか、そーゆーもんと徹底的に向き合わされたあの時代があったおかげで、今のオレはきっと、メンタルヘルスとは1万光年くらい離れた地点でタフに生きてられるんだと思ってます。

投稿がメインの記事、編集ライターのキャラ付けなど、この雑誌のありかたそのものが、その後のインターネット時代の到来を予言しているようで(誌面上で「炎上」なんてこともあったのだよ)、ミニコミ誌ともメジャー誌とも違う独特のおもしろさと熱があって、10代やったオレはやられまくっていたのでした。
カート・コパーンの死すら、自分を語るための材料にしてたからな、あいつらもオレも。
レディオヘッドのアルバムレビューでは、「助けて!」とだけ書き殴ってたような連中だからな。音楽に託した自分語りの極北。

さて、そんな時代に、ストーン・ローゼスを下手すれば本国イギリスよりも早く日本に紹介し、天才!救世主!と騒ぎ立て、ブリッド・ポップの極東広報官のような役割を演じた増井修が、あの、黄金時代を語っている。突如として。

「ロッキング・オン天国」。

この本は、90年代、UKロックを中心に据えて「ロッキング・オン」の発行部数を2倍に伸ばした名物編集長・増井修の激闘の思い出話です。
増井修は97年に「ロッキング・オン」と新しく創刊されたばかりの雑誌「BUZZ」の編集長を兼任したかと思えば電光石火の早業でその立場を降り、その後、唐突にロッキング・オン社を解雇され、その解雇が不当解雇であるとして会社相手に裁判を起こし、結果として名誉は回復されたものの、以降、べつの洋楽雑誌でスーパーバイザーを務めたり、いくつかの雑誌で編集にかかわったり、漫画に関する本を出版したり、ブログを書いていた時期もあるにはあったけれども、「ロッキング・オン」時代のような大きな成果を出すこともなく、今となっては、増井修は、ネット上には存在しないも同然だった。

だいたい、突然の解雇から裁判、和解までの流れは当事者以外には事情がまったく開陳されなかったので、憶測が憶測を呼び、そもそもが、今となってはあの時代の「ロッキング・オン」を語ることすらがタブーみたいになっていたわけで。

それがあっさりと、突然、本屋さんにこんな本が並ぶ。
あまりの唐突さに、一瞬、目を疑ったね。
とはいっても、よく考えたら、あれから20年近い月日が経っているわけで、今や、オレだって老眼鏡なしには「ロッキング・オン」は読めんのだから、時代は流れたってことだ。や、今さら読まんけどさ。

この本では、あのころのブリット・ポップを彩ったアーティストたちとのやりとりといった「裏側」がたくさん書かれており、それはそれでめちゃくちゃおもしろいのだけれども、誰もが野次馬根性で知りたいと思っている、会社の「内幕」のようなものについては、一切書かれていない。さすがに、増井修はそんなことしないね。それしちゃうと、ダッサいB級ナツメロ以下の、一方的な正当化にしかならんからね。むっちゃ読みたけどな(笑)
まあでも、誰もがそこを知りたいと思うくらい、「ロッキング・オン」とアーティスト、読者は濃密につながっていたというか、一心同体、死なばもろとも、みたいな空気があった。宗教か(笑)や、後年、宗教っぽいとはさんざん言われたけれども。でもあれは宗教とは違う。ハシカ。十代特有の、ハシカ。厨二病。あ、やっぱ、インターネット的。SNS的。

増井修の功績はいくつもあって、後年、同業者となったオレが今になって思うのは、創業者で初代編集長だった渋谷陽一の熱量だけでつくられてきた素人同然の雑誌を、きちんとした商業誌に仕立て上げ、売上を2倍以上に伸ばしたことやね。
渋谷時代の架空インタビュー(そんなもんがあったんだよ!笑)とかスタッフ対談とか、わけのわからんおもしろさも捨てがたく好きなんだが、増井修は、インタビューをきちんと取り、発売日通りに発売し(渋谷時代はよく遅れたんだよ!笑)、カメラマンに撮影を発注し、きちんとした商業誌として影響力を持つものへとステージを引き上げていった。その手腕は、尊敬します。プロとして「ロッキング・オン」に中途入社ってことじゃなくて、プロパーとして「ロッキング・オン」で培ってきた編集経験しかないなかでの偉業だから、なおのこと。

ところで、ひとつだけ不思議なことがある。
当時、「ロッキング・オン」は編集長・増井修、副編集長・田中宗一郎という体制だったけれども、副編のタナソウに関連する記載が、ほぼない。
ここらへんは、解雇と裁判につながっていくデリケートな事柄を含んでいるのかもしれない。(ということに思いを巡らせてしまうことそのものが、あの時代の濃さを物語っているな。笑)

そんなことにも思いを巡らせながら、この本の帯にある「むさぼり読んでいた!」時代の、ブリット・ポップ熱狂の中心にいたロッキング・オンの熱狂のすべてが書かれたこの本を、またしても「むさぼり読んだ!」のでした。
あの時代を知る人にとっては、何杯でもメシや酒が進む本。
関係ない人には、気持ち悪るがられるか、笑い飛ばされるような本。それを「むさぼり読んでる」オレも同罪。

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