ミルク神

ミルク神である。
沖縄や八重山に行くといたるところで見かけるし、いつの間にか商品化されているし、僕も彼の顔がプリントされたTシャツを持っていたりするし、なかなかの人気者なのだ。なかでも、波照間島でのミルクさん人気は、群を抜いている気がする。
琉球では旧暦の7月に豊年祭が盛大におこなわれ、ミルクさんは、そのときに現れる。
どことなくコミカルで生臭さのある不思議な顔をした白い仮面に高貴な黄色い服をまとってゆっくりと優雅な動きで行列を先導しているのが、ミルクさんだ。僕はまだナマで見たことがなく写真でしか知らないが、ぜひともナマで見たいものだ。
ミルクさんは、あんな顔だけれども、信じられないことに女性であるとされていて、付き人の子どもたちはミルクさんの子どもと言われている。さらに、行列につかず離れずでつきまとい、ちょっかいを出したりしている道化役のブーブザがミルクさんの旦那だと言われている。あんな顔のくせに女性でしかも人妻とか、ちょっとクラクラするほどのギャップがあるのだ。
この不思議な存在のミルクさんは、「ミロク」が八重山方言に訛化したもので、その正体は弥勒菩薩だ。東方の海上から神船に五穀の種を積んでやってきて、豊穣をもたらすとされている。来訪神の一種ですな。ナマハゲとかとおんなじカテゴリーのお方。
弥勒さんは、元来が、釈迦が入滅してから56億7000万年後の未来にこの世へ下ってきて人々を救済する未来仏で、メシア(救世主)的な存在で、日本では6世紀末に伝来し、中世以降は理想世界をもたらす救世主の信仰として民衆のあいだに広まった。奈良の中宮寺や京都の広隆寺のような聖徳太子ゆかりのお寺さんには、弥勒菩薩半跏思惟像が祀られている。教科書にも載っている、見覚えのあるあれだ。
一方、琉球では、東方の海上に神々が住むニライカナイから神々が訪れて五穀豊穣をもたらすという考えがあるので、これにミロク信仰が習合して、ミロクは年に一度、東方の海上から五穀の種を積み、神船に乗ってやってきて豊穣をもたらす来訪神「ミルク」であるという信仰が成立している。
ミルクさんが、あのような顔をしているのには、もちろん意味がある。
あの顔は布袋さんの顔で、日本の仏像に見られる弥勒仏とはまったくかけ離れた容姿をしている。これは、琉球のミロクが、日本経由ではなく、布袋さんを弥勒菩薩の化生と考える中国大陸南部のミロク信仰にルーツを持つためであると考えられている。
布袋さんは唐末期に実在した禅僧で、大きな腹をし、大きな布袋を担いで杖をつき、各地を放浪したと言われている。12世紀頃の禅宗では、この布袋さんを弥勒の化身とする信仰がはじまり、この布袋さん=弥勒と考える信仰が、中国南部からインドシナ半島にかけて広まった。宇治にある中国直系の黄檗宗の総本山・萬福寺のご本尊は布袋さんだが、まさに、この信仰がそのまま表現されている。これと同様のものが、琉球や八重山にも伝播し、変奏していく。おもろい!
八重山で仮面のミルク神が出現するようになったのは、石垣島の登野城地域の豊年祭が最初だと言われている。
博物館で見た伝承によると、1791年、黒島の役人をしていた男が公務で首里に向う海路で嵐に遭い、安南(ベトナム)に漂着した。その際、当地の豊年祭で祀られていたミルクさん(=布袋さん)に感激し、仮面と衣装を譲り受けた。男はその後首里に辿り着いたが、すぐに八重山に戻ることができなかったため、随行の者にミルクさんの仮面と衣装、そして彼の手による歌「弥勒節」を託したことから、登野城にミルクさんの信仰がもたらされた。
弥勒菩薩の化身と言われ、禅僧だった布袋さんは、その福々しい顔から、日本では七福神のひとりとして信仰されるが、その福々しい顔相ゆえ、八重山では豊作豊穣のアイコンに祀り上げられ、あの顔で女性で、人妻で、子だくさんで、海の彼方のニライカナイから豊作豊穣をもたらす神という、本来の仏教とは似ても似つかぬものになっている。外来の宗教を取り込んでさらに変形させてしまう、八重山の底力を見るようだ。おもろい!
波照間島に行くとき、必ず立ち寄る、八重山そばがめっぽう美味い「ぶどぅまれー」で、ネーネーから、ミルク神の話をたっぷりと聞いた。数年前からずっと興味を持っているお方なのだけれども、なにせ文献も少なく、豊年祭のときに、お練りで登場する以外には見られるチャンスもなく、遅々として理解が進まない。なので、恋焦がれるばかりです。Tシャツ買った。
さらに今回、オホホという新キャラにまで出会ってしまった。名前からしてすでにヤバい。オホホのことはまたの機会に。

八重山
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