道頓堀六地蔵尊巡り

画像を整理していたら、この時期にぴったりの興味深い画像が出てきた。
データを見てみると、2010年8月24日とある。

2010年にミナミで「地蔵盆千日供養・護摩法要」がおこなわれて、知り合いの山伏さんに、同行して写真撮ってもいいよとお許しをいただいて、出発前の着替えから密着させてもろたときのもの。
このときは「道頓堀六地蔵尊巡り」と呼んでいて、山伏さんとお坊さん15人くらいがミナミを練り歩いた。翌年以降、どんどん規模が大きくなって、全国から100人ほどが集まるようになった。ちなみに護摩焚きはこのときはまだなかった。

南乃福寿弁財天
法善寺の水掛不動尊
道頓堀出世地蔵尊
高津十番町地蔵尊
光明地蔵尊
榎地蔵尊
身代矢受地蔵尊

南乃福寿弁財天は、平成18年に米朝さんをはじめとする落語家たちが建立した、比較的新しい祠。弁財天さんは言うまでもなく芸能の神さん。
法善寺の水掛不動尊は、そーいえば西を向いているけれども、あれは日想観?
むかしの九郎右衛門町に鎮座する道頓堀出世地蔵尊は、かつての花街を彩った芸妓さんや俳優さんが出世を祈願したお地蔵さん。
身代矢受地蔵尊の隣には、なつかしの精華小学校。

道頓堀から千日前にかけての祠という祠に立ち寄る。歩いても5kmもないような距離だけど、真夏の炎天下に経を唱えながら法螺貝を吹きながらの巡礼はなかなかの体力仕事で、同行して写真を撮っているだけでも汗だくになった。六地蔵尊巡りと言いながら、6ヶ所以上、立ち寄る。どの仏さんも、ビルの谷間にひっそりと佇んではるお方ばっかりで、どうかすると、見逃しそうなほどだ。
ちなみに大正時代や江戸時代の古地図を広げてみても、このお方たちは出てこない。法善寺の水掛不動尊はともかく、ほとんどは、ひっそりと息を殺し、周囲になじんでいる。地図の裏側で、人知れず祈っておられる。

道中、歓楽街や風俗街は通るわ、ラブホ街は通るわ、若い半裸のおねーちゃんとすれ違うわ、アビーロードみたいに横断歩道を並んで渡るわで、パッと見はコスプレ軍団である。風俗看板とツーショットの行者さんたちは、聖と俗がないまぜになったカオスな世界をつくりだす。無論、聖にも俗にも、神や仏がたっぷりと宿る。森羅万象、衆生の一切のなかで、不乱に言霊を放ち、法螺貝の音色に悪魔折伏の威力を授かる。
ええやないですか。

ビルの谷間に埋もれそうになっているとは言え、たくさんの祠が点在しているということは、その祠を取り巻く祭礼があり、人々の祈りがあり、物語が紡がれているということに他ならない。土地と人とがお互いに有機的に結びついていることの証なんやと思う。有機的な結びつきが強く、取り替えがきかないそういうものを、僕たちは「文化」と呼ぶ。

これ以降、折に触れて、山伏にならんかね?と誘われる。
今、行者さんは、出家をせずとも、俗世で仕事を持ちながら兼業される人が大半で、こんな僕でもなろうと思えばなれるのである。
大峯山の奥駈はいっぺん行ってみたい気もするが、興味本位で行くものでもないので、なかなか。
でも、道頓堀六地蔵尊巡りは、機会があれば、また同行させてもらいたいと思っている。
今年は巡られるのかどうかは知らない。誘われてもいない。

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