最後の日

天満のまち中華の名店『十八番』が今晩で閉店する。営業最終日を迎えて、関西の夕方のニュース番組が特集を放映した。
社長の山本かがりさんは、
「1分でも早く店を開ける、1分でも遅くまで開けておくという意味で、4時59分開店、0時01分閉店を続けてきた。
まちの時計代わりになろう、と」。
そうおっしゃる。
いつ行っても開いてるし、安いし、ボリューム満点やし、美味いし、オレはカネがない時期があったから、ほんまに助かった。ほんまに助かった人は多いと思うし、生活のなかに置いていた人も多かったと思う。
だから、いつ行っても賑わっていた。賑わっていたけれども、行列ができるほどではない。行列ができるほどではない、というのは、オレ的にはありがたく、正しくまち中華やったように思う。行列のできる店には何かしらの魅力があるのだとしても、いつ行っても並ばなあかん店には、いつでもは行けない。
人員不足や高齢化、物価高を受けて閉店を決められたとのことだが、営業時間を短縮したり、価格を上げたりすればまだ続けられたのかもしれない。後継者問題解決のために営業の権利ごと運営会社に売る店もある。
「やりたかったのはやりたかったですね。でも、『十八番』が違うかたちになっていくのは心許なかったんですよ。私が責任の取れるうちに、体力のあるうちに辞めなければ、と思っていました。引きずっても迷惑かけるし」。
「よくね、お店の前で財布を開けて小銭を持って入ってくるお客さんを目にしていたんです。そのためにある店なんかなと思いながらやってきたので、かたちを変えることはできなかったですね」。
社長の山本さんの言葉からは、天満人の胃袋を支え続けてきた心意気が伝わってくる。『十八番』はね、庶民のセーフティネットでもあったのだ。
最後の日の日替わりは、
Aが「十八番スペシャル:ザ・中華定食」。青椒肉絲、エビチリ、唐揚げ、卵焼き、ハムカツが一堂に並ぶ豪華版。1,200円。十八番では豪華な価格だが、よその店だとなんてことない価格。
Bが「天津麻婆カツ丼とミニ旨塩レモンラーメン」。930円。これがまたまち中華とは思えんほど、大人でさわやかで品のいい一品。
『十八番』のメニューには記号か番号が振られている。お客は、記号か番号で注文する。店の人らは、優に100ほどもあるメニューを番号と記号で覚えている。そして、注文をテキパキと素早くさばいていく。
メニュー看板を壁に掲げながら、社長の息子さんは、「子どもの頃からの思い出やから、最後の日の実感はありますわ。このメニューも一番人気のメニューやし」と。
笑みにうっすらと涙を浮かべながら、話す。
今朝。最後の日の朝。
開店10分前から20人以上が並ぶ。
4時59分、店がオープン。朝の名物は、粕汁定食420円。
10年以上、仕事の前に来て食べるおっちゃん。
高校生の頃から来てる店に今は子どもらと来れる幸せ。今日は子どもらは早起きしたご褒美に。
今までお世話になったからと、手土産を持ってきた人。
朝をここで食べてから会社に行っていたおばちゃん。
独身の頃から来てた、安いし、サイコー、と、子ども2人を連れたママさん。
朝のいってらっしゃい。
昼のもうひとがんばり。
夜のおつかれさん。
いつでも誰でも行けて、お腹いっぱいになれて、美味しくて、あの値段で。
これが天満のまちの風景やし、生活そのものやん。血の通った、顔の見える人の営みやん。
美味しいというのは、味だけじゃなくて、空気感や会話も入ってのこと。人の顔も入ってのこと。
そういうことを教えてくれた店の灯が、今晩、消える。
数日前、オレも行列に並んでたら、行列を見たおっさんが、何事?と声を掛けてきた。
「『十八番』が閉店するねん」と教えたげると、
「えーっ? ほな朝は? 朝の定食は?」
と、パニクってた。朝もなにも、店が閉店や。もう、なくなるねん。
閉店が発表されてから、連日2,000人が来たってね。どんだけ回転してん。どんだけの人が並んでん。どんだけ愛されてん。
最後、オレも何度か行って、何度か並んだよ。並ぶような店とちゃうのにね。
おつかれさん、おおきに。
ほんま、おおきに。

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