西国巡礼第1番札所:青岸渡寺

青岸渡寺
熊野は、若いころからずーっと気になっていた場所です。
といっても、昨今の熊野古道を中心としたパワースポットとしての熊野ではなく、抗いの場所としての熊野、半島的状況としての熊野、隠国としての熊野、です。闇の国家とでも呼びたくなるような、熊野です。
朝鮮、スペイン、ラテンアメリカ…、どこもメインランドに何度も征服されながら、虐げられながら、恥部と言われながら、それでも完全に征服されることのなかった自然、文化、民族、神話を有する半島的状況としての熊野に、僕はずっと恋い焦がれてきました。
神武に征服された熊野は、それでも、地霊を呼び起こすような地名を残してます。
三輪崎、古座、朝来、尾呂志、御坊、那智…、これらの地名から漢字を取り払い、音だけにすると、ミワサキ、コザ、アッソ、オロシ、ゴボウ、ナチ…、そこからは、半島の隠国、敗れて闇に沈んだ国の異貌がたちまちのうちに匂い立ちます。これら地名の発音は、なにやら南島のようでもあり、北の蝦夷のようでもあります。
要するに、ここにあるのは、記紀に著されたオーソリティとしての物語ではなく、オルタナティブな物語、稗史としての物語が色濃く残ったものであり、それらは敗れても虐げられても姿かたちを変えて立ち現れてくるしぶとさを持っていて、僕が惹かれるのは、そこです。
上田秋成の「雨月物語」の生と性が一体となった眩しい物語。
南方熊楠の「南方マンダラ」が示す、無数の因果関係で世界が成り立つとする宇宙的な物語。
中上健次の、路地と神話が交錯する圧倒的な熱量の物語群。
この場所から生まれる物語は、神代の時代から一貫して豊かで、荒々しく、猛々しく、奔放で、オルタナティブで、マージナルで、旺盛な生命力そのものです。(その意味では、昨今のパワースポットブームは、同一のものがネガポジ反転された感がありますな)
さて、札所です。
熊野の那智にあるのは、西国巡礼第1番札所、青岸渡寺。
ここは、那智の滝をご神体とする熊野那智大社と隣り合わせ、というよりも、渾然一体となった神仏習合の象徴みたいなお寺さんですね。
西国巡礼の札所は元々が修験道の拠点に端を発しているし、日本古来の原始宗教のいち形態である修験道と外来仏教のハイブリッドこそが日本仏教の姿だと考えると、青岸渡寺は、そのメカニズムをストレートに体現してるお寺さんかも知れません。
熊野那智大社と青岸渡寺は、どちらが主体なのかわからないところがあります。
中世の那智一山を描いた絵「那智山参詣宮曼荼羅」というのがありまして、すでに神社の物語とお寺さんの物語の両方が一枚に描かれています。
鳥居から二艘の船が出て、三人の渡海者が描かれています。それが、補陀落渡海の具体的な有り様だったようです。
補陀落とは、観音さんが降り立つ場所で、インドのはるか南方の海上にあると言われる、仏教世界の山です。そこへ向かう船が鳥居から出ている。神仏習合と言ってしまえばそれまでだけど、そういう同居のしかたは、まあ、見たことがないくらいの、なかなか不思議な絵です。
青岸渡寺という名前は、明治になってからできたものです。如意輪観音を本尊として祀っていることから、それまでは、単に如意輪堂と呼んでいました。現在の三重塔が立っている場所に、如意輪堂があったと言います。
通常、巡礼の札所で本尊となっている仏さんは、十一面観音か千手観音です。なぜ、青岸渡寺では如意輪観音が祀られているのか。
那智の主神になるのは、熊野夫須美神です。そして、青岸渡寺と渾然一体となっている熊野那智大社の本地仏(神の正体とする仏。神仏習合ならではの考え方ですな)は、なーんと千手観音。
神仏習合しながら、同時に、青岸渡寺が熊野那智大社に対抗しているかのようです。
このへんの不思議さは、どんな角度から見ても、興味深いです。
なぜ如意輪観音なのかということも含めて、この地にはいろいろと伝承があります。ありすぎるほどあります。
しかもそれらは、何千人、何万人の手が入り、何百年も折々に話され、手を加えられてきたゆえに、いくつものテーマを読み取ることができます。山や滝に守られているとも言えるし、守っていると言い換えることもできます。
青岸渡寺へ向かう道中、紀伊田辺までは半島の沿岸を走り、そこからバスは熊野山中を分け入りました。
道中、熊野川、そして新宮川に沿った道をずーっと走ります。天川村を歩くような趣のある場所だったけれども、なんちゅーか、両サイドの切り立った山を含めて、いくつも折り重なった山々、日の光に洗われた木々の繁った山を眺めるにつけ、熊野の風景は、単に風景と呼ぶには大きすぎます。言葉が、間尺に合いません。
大和の言葉では描写しきれないものが、熊野にはたくさん眠っています。
上田秋成、南方熊楠、中上健次。
誰も彼もが、異相です。熊野です。不思議な地場を持った場所です。

 

青岸渡寺

青岸渡寺

青岸渡寺

青岸渡寺

青岸渡寺

青岸渡寺

青岸渡寺

青岸渡寺

Flickrに画像あります。
青岸渡寺:西国巡礼第1番札所(2013.10.2)

青岸渡寺

和歌山県東牟婁郡那智勝浦町大字那智山8
http://www.nachikan.jp/kumano/seigantoji/

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