LGBTの祭典「レインボーフェスタ!2016&関西レインボーパレード」

LGBTの祭典「レインボーフェスタ!2016&関西レインボーパレード」
今日は扇町公園で、LGBTの祭典「レインボーフェスタ!2016&関西レインボーパレード」が開催されました。
毎年5,000人以上の来場者数を誇るイベントですが、今年は例年より多かったかも。つか、年々、来場者数は増えてます。

レインボーフェスタ!は、ひとりひとりが持つ「性の多様性」を祝福し、分かちあう場です。性の多様性をお祝いする、年に一度のお祭り。

個性を伸ばそう、個性を大切に、なんて言葉は、むかしっから言われ続けていることです。
でも、そんなのはお題目である場合が多く、なんだかんだと言っては、結局のところは枠にはめようとすることのほうが多いですね。
総論賛成各論反対の見本みたいなもんやと、僕は思っています。

60年代から70年にかけて、アメリカでは、ブラックパワーの力が吹き荒れました。
社会に潜む黒人差別をあらゆる意味で撤廃する動きですが、その動きに真っ先に呼応したのは、ベトナム徴兵を忌避した若者たちでした。
すでに黒人差別の法律は撤廃されていたので、その差別意識は、社会の空気のなかに潜むものです。また、60年代や70年代の若者たちは、それまでのアメリカの社会システムの限界が顕在化したときの世代なので、閉塞感を抱えていました。
キング牧師だったかマルコムXだったか、あるいはブルーズやゴスペルのミュージシャンだったか忘れたけれども、「40年代や50年代に抑圧されてきた黒人たちが抱えていた感情と、今の若者たちが抱える抑圧された感情は、同質のものだ」と、言い放った人がいました。

社会の空気によって、不当に抑圧されている人は、今もたくさんいます。
LGBTの人たちには、そういう人たちが多いだろうし、また、立ち向かっている人もたくさんいるようです。上手く居場所を見つけられる人は、それでいい。でも、そうではない人たちは?
レインボーフェスタ!で掲げられる問題意識は、誰にでも置き換えることができるものです。
僕だって、自分がそれなりにマイノリティだって意識はありますよ。うるせー!と思うことなんて、いっくらでもある。
誰にも迷惑をかけていないことで、人と違うからという理由で、その人を抑圧するのは、社会の空気のなせることです。

空気は吸うもんであって、読むもんじゃないよ。
僕はいつも、そんなふうに言います。
LGBTは、多様性を祝う祭り。
性の問題だけでなく、社会に潜む、自分のなかに潜む、空気の問題だととらえることが、閉塞感を吹き飛ばすことはできます。
僕は、空気は読むものではなく、吸うものだと思っています。

昨年に引き続いて今年も、空気を読まない堂山町会が、町会としてブースを出展されてます。
果敢です。自由です。

LGBTの祭典「レインボーフェスタ!2016&関西レインボーパレード」

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