キヨシローの命日なので、キヨシローを聴きながら、つひまぶについて書く。
つひまぶは、無料だけど、れっきとした地域情報誌だ。
行政主導ではじまったものだけれども、行政が発行する広報誌とは違った視点で、広報誌ではできないことに重きを置いて、つくられている。
雑誌は、天下の公器を自認する新聞とは違う。新聞だって政党の機関誌からスタートしたプライベートペーパーがほとんどやし、偉そうなことは言えないはずだが、まあ、それはよろし。近頃は、忖度というか権力にビビってばっかりの情けないことばっかりやしね。
雑誌は、伝えたいことのある人が、それを伝えるためにつくるものなのだ。その意味で、創刊の動機は極めて個的・私的なものだし、そこに社会的な意義や意味が加わるのは、すべて後付けだ。玉ねぎの皮を剥ぐようにキレイで口当たりのいい言葉を引っぺがしていくと、最後に残るのは、「これ、ええやろ!」という、つくり手の極めてプライベートな情熱でしかない。むき出しの情熱には、社会的な意義なんて、ない。ありません。
そこを勘違いする人が多いのだけど、ワシやあなたの心の薄皮を剥いで、裸にひん剥くと、社会的意義なんか、ないよ。
でもこの、むき出しの情熱が大切なのだ。「若さはいつも素っ裸、見苦しいほどひとりぼっち」(©︎フラワーカンパニーズ)だけど、読み手の心を動かす必要最低限のものは、この、あなたの心の裡にぽっと灯った、孤独で、何にも守られていない裸の蒼き炎なのだ。
ぜひ、「これ、ええやろ!」を伝えたいものだと、いつも思っている。
おもいっきり主観でいいのだ。自分が、「これ、ええやん!」と思うものを、「どやさ!」(©︎今くるよ)と紹介するのが雑誌の醍醐味であり、そこに世間的な評価と開きがあっても全然OKなのだ。極論すれば、そんなものはどうでもいい。
雑誌づくりもまた、モノづくりでね。モノづくりの本質は、独断と独裁にある。民主的でもバランスに配慮したものでもなく、独断と独裁こそ、偏見に満ち満ちたものこそ、モノづくりの本質なのだから。
だからワシは、ワシの独断と独裁を貫く。
幸い、現代は多様性の時代とか言われている。この便利な言葉を旗印に、多様な価値観が認められようとしている時代でもある。つくづく便利で小狡いが、ワシがワシの旗を掲げても世界中から槍を突きつけられることはないし、仮に槍が飛んできても、それを跳ね除けるのだけののチカラは、ワシは持ち合わせている。
独断と独裁を貫いて、「これ、ええやろ!」「どやさ!」と叫ぶには、大いなる情熱と少しの勇気が要る。勇気は必要。でも、キヨシローは言っている。「大人だろ勇気を出せよ。誰にも言えないことばかりじゃ、空がまた暗くなる」(©︎キヨシロー)。
「ええのかどうか、わからん」ということだってあるだろう。でも、「わからんけど、なんか引っかかるものがある。簡単に切り捨てられへん何かがある」場合だってある。その迷いもまた、そのまま提出するだけだ。世の中、割り切れるものばかりではないし、「わからんけど、なんかいいかも!」でいい。世の中は、そんなものであふれているはずだから。
つひまぶでは、そんな「わからんけど、なんかいいかも!」を、迷いながら、載せている。誰かに何かを伝えるワシたちは、正直であるべきだからな。
独断と独裁を貫いて「これ、ええやろ!」と叫ぶためには、たくさんのええものとよくないものに触れる必要がある。そして、伝える段になり、見せ方を工夫する段になるとき、たくさんの引き出しが必要になる。
アイデアは、所詮、インプットしたものを組み合わせてアウトプットする作業に過ぎない。インプットした以上のものはアイデアにはないし、組み合わせの妙だけが、上質なアイデアとなっていく。
近しいもの同士では、組み合わせの妙は生まれない。
ラーメンについて特集するとき、ラーメンについて考えるのではなく、たとえばワシは、マンガについて考えてみるだろう。すると、小池さんが頭に浮かび、「マンガで描かれたラーメン」を記事にするきっかけとなり、ラーメンの特集はより多面的になる。醤油ラーメンと味噌ラーメンのあいだを行ったり来たりして頭を巡らせても、いいアイデアは浮かばない。
ハウツー本や、そのことについて書かれた本を読むのは悪いことじゃないけれども、それだけでは、アイデアも組み合わせの妙も生まれない。
対象との距離が近いので、即効性はあるかもしれない。すぐに役に立つかもしれない。でも、射程は短い。すぐに役に立つけれども、すぐに使いものにならなくなる。
ラーメンについて学ぶならラーメンについて書かれた本を読むのではなく、マンガをインプットしたほうが、射程ははるかに長いものになる。
まちおこしについて知ろうとするなら、創世神話を漁ろう。若者・バカ者・よそ者は、世界中のどの創世神話にも登場する。
そうやって、対象までの射程を長いものにして、引き出しを増やし、組み合わせを「妙」なものにする。それが、上質なアイデア。多面的で立体的な編集をするチカラとなる。
雑誌づくりは、「これ、ええやろ!」を伝えんとするむき出しの情熱と、長い射程を持った「組み合わせの妙」こそが肝なのだ。
Rock is my Life.
Punk is my Attitude.
Funkness is my Solution.
Let’s Psychedelic Revolution.
Dub Wise me.
Soul is my Sister.
Blues is my Brother.
キヨシローを聴き続ける夜に、そんなことを思っている。
RCサクセション「言論の自由」
https://youtu.be/b1-bUxt8arU?si=QzkEWTB2jmbVmD3v



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