2日前に両足のふくらはぎが攣って(40年ぶりくらいにウェスタンブーツが出てきて、履いてみたら履けたのだけど、脱ぐときが大変で、それで両足のふくらはぎが攣り倒した)、必死になって筋肉を伸ばして回復に努めたのだけど、完治しなくて、今回のランで再発したら厄介やなと思いながら、昨晩、梅新交差点から今朝の5:46の東遊園地を目指して35kmを走った。
念のためにできるだけスピードを出さずに、信号待ちではひつこいくらいにふくらはぎの筋肉を伸ばしていたので、そのせいもあって、快適にランすることができた。寒くなかったことも、痙攣を回避する一因になった。
それでもね、大阪から神戸まで走ると、身体はそれなりに悲鳴をあげる。足首は傷むし、肩や腰に疲労が溜まって、どんよりとしてくる。
走っていると、寒さや、辛さや、痛みが襲ってきて、自分が生きている世界やこの肉体は、かぎりがあるのだということを、イヤというほど思い知らされる。
そして、このかぎりのある肉体を抱えて、夜の道すがらに思うことは、やっぱりあのときのことだ。
あのときのことは、6434人それぞれに名づけられなければならない、数字では測れない突然の死があったのだし、今もまだ行方不明の人がいるのだし、人の数だけ、取り替えの効かない固有の物語がある。
だからもう、ワシの物語を語りたいとは思わないが、ワシもワシなりの思いを抱えて、走っている。
日付が変わるころになると、車も人もほとんどいなくなって、月が出ているきりの夜になる。
月とは不思議なもので、冬の夜更けの月を眺めていると、月の持つ最良のものって、「静寂」だなと思えてくる。
その、冬の夜更けの月がもたらす静寂のなかで、不意にわんわん大泣きしていることがあれば、路傍のお地蔵さんに手を合わせているときがあり、星になった人たちに会いに行っている自分がいたりすることがある。
泣き顔に笑みが浮かぶような、不思議な感情が交錯する。
そうやって、毎年のように走って、自分なりに弔い、向き合う時間をつくってきてよかったなあと思うのだ。
そうやって、時間をかけないと、一晩をかけないと分からないことや出会えないことって、あるから。
しんどいし、消化もしきれていないけれども、こうやってきたおかげで、ワシは、日常を崩すことなく、そのしんどさをやり過ごすことができているようにも思う。
日常を崩さぬよう、そのためにこそ、ワシは、毎年、この日の夜に身体を酷使しているような気がする。
大事が起こったとき、ワシはまず、メシの段取りを考える。忙しさにかまけて、毎日のメシを忘れぬように。まず、そのことを考える。寝食を、忘れぬように。
ルーティンを大切にして、無気力や虚無を近づけぬように。
ルーティンこそは、モチベーションに左右されることなくコトを前に進める数少ない方法だということを、ワシは知っている。
そうやって、昨日やったことを今日もおなじようにやり、明日もやっていく。ルーティンを繰り返すことで、コトを前に進めていく。しんどい思いは、そうやって乗り越えていく。
好きな仕事をし、仲間と語らい、美味いもんを食べて、いい音楽を聴く。
いい表現と出会い、いい言葉と出会い、自分もまたそういうものを生んでいく。
そうやって、ごきげんさんでいることを忘れぬように。
目の前の与えられた仕事に感謝して、精いっぱい、誠実に取り組んでいく。
求められる場所で仕事をし、この広い世界でワシに声をかけてくれる人がいることに感謝し、この世界に自分の居場所があることに心から感謝する。
そうやって、ごきげんさんでいられることに、感謝して。
今日も、何人もの人に会った。
5:46
今年も無事に走り切ることができた。
国道2号線の大阪-神戸間は、路傍のお地蔵さんや小祠やお寺や神社やキリスト教会がたくさんあって、じつは祈りの道ではないかとワシは思っている。何度も走って、ワシはそんなことに気がついた。
神戸に集まったたくさんの人たちの想いと泣き笑いのなか、誕生日の朝を迎えました。
今回をラスト・ランにしようと思う。
一つの区切りとして、次のステージに行こうと思う。
ワシ、がんばったと思うよ。
ピース。
ピース。
ピース。
夜はごちそう食べてるよ。
誕生日だからな。
親父の享年を超えました。






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