南米を旅しているときに、この話はよく聞かされたよ。
16世紀、スペインのエルナン・コルテスはわずかな兵を率いて新大陸へ渡った。
彼が対峙したのは、湖の上に壮麗な都を築いたアステカ帝国。
常識的に考えれば、数百人の遠征軍で倒せる相手ではないわけ。
そこで、コルテスが考えたのは、アステカに従属させられていた周辺諸勢力のトラスカラ人と手を結ぶ。
「敵の敵は味方」ってことやね。
こうして、数百のスペイン人と、トラスカラ人ら先住民が数万という、奇妙な連合軍が編成される。
コルテスは、鉄の剣や火縄銃、馬などの武器をトラスカラ人らに供与して、対アステカ戦に挑む。
結果は火を見るより明らかで、テノチティトランは陥落し、アステカ帝国は崩壊するんよね。火力がまるで違うからね。
でも、これで終わらない。
トラスカラの人々は、アステカを倒したあとは、自分たちの自由が戻る、と。スペインとは対等な同盟関係が続く、と。そのつもりだったわけ。
でもスペインのコルテスの側にあったのは、最初から「征服」という発想だったので、ここに決定的なズレがあるわけ。
ほんで、同盟の過程でコルテス側はトラスカラ人に武器供与しているから、トラスカラ人の軍事力もそれになり強くなってる。
やがてスペインは植民地統治を進め、労働と貢納を課す体制を敷く。その過程で各地に不満が蓄積し、反乱が相次ぐ。トラスカラは比較的優遇されたとはいえ、全体として社会は不安定化し、統治には大きなコストがかかり続けた。
というような話。
同盟国の相手にトランプやネタニヤフのようなクレイジーな連中が出現して敵対するようになった、というような分かりやすい話ではなく、
それぞれの思惑の違いが、いつしか敵対するなんてことは、歴史上いくらでもあるわけで。
武器とは不思議なもので、渡せば、相手を強くする。しかし同時に、その強さは必ずしも自分のためには使われない。むしろ、状況が変われば、向きを変えてこちらに返ってくる。
そんな話をね、南米を旅しているときに、何度か聞かされたよ。
武装された同盟者ってさ、制御しきれない力があってあたりまえだろ。
武器は、つねに未来に向かって放たれていて、その未来は、渡した側の思惑どおりには、まずならない。
それが歴史の教訓なのにな。
それ以前に、殺し合いの道具を売買することに、ワシは明確に反対する。



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