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磐座信仰
磐座信仰

磐座の神秘

現在の多く人々は、神社といえば本殿や拝殿、あるいは神楽殿などを連想する。
しかし、いわゆる神社建築が具体化してくるのは、のちの代のことであって、その原初における信仰は、神聖な樹木にカミの降臨を仰いだ神籬(himorogi)、聖なる巨石に神秘を感得した磐座(iwakura)や列石の磐境(iwasaka)にみなぎっていた。そして、神霊の宿る神奈備(kannabi)そのものを聖域として信仰してきた。

奈良は桜井の三輪に鎮座する大神神社には、今も本殿がない。標高467メートルの円錐形の三輪山そのものが神体山として崇拝されているからである。拝殿奥の三輪鳥居から先は禁足地とされ、三輪山は御諸山、三輪の神奈備、神岳、神山などと古文献に記されてきた。
秀麗の神体山に奥津磐座、中津磐座、辺津磐座がある。三輪山の山頂には、高宮神社が西面して鎮座し、西方には大和盆地がひろがって、二上山を遠望することが出来る。まさに、国見の聖域といっていい場所だ。
大神神社社蔵の古絵図には「神上ノ宮」、室町時代の三輪山絵図には、「神坐日向神社」とある。
高宮神社から少し東の磐座群、中腹の標高200メートルから250メートルのあいだに位置する大神神社参道脇道の夫婦岩や磐座神社の磐座など、三輪山の周辺にも分布する。

滋賀県大津市の日吉大社にも神体山と磐座の信仰が重なる。標高378メートルの牛尾山には、金の大巌と呼ばれる巨大な磐座があって、その山崖に牛尾宮と三宮の奥宮が鎮まる。牛尾山の神が山麓の東本宮となり、三宮の奥宮の神が、東本宮境内の樹下神社となる。

磐座の信仰は日本のあちこちに受け継がれてきた。たとえば、京都の岩倉という地名のおこりも、磐座にある。岩倉上蔵町の石座神社の旧社地の裏には、磐座が存在する。嵐山の松尾大社、その松尾分土山大杉谷には旧御鎮座場と伝える聖地があって、そこには高さ約5メートル、幅約15メートルの磐座がある。倉敷市の本町に鎮座する阿智神社の磐座も、古くから神座(kamikura)と信仰されてきた霊磐であった。
日本書紀の推古天皇34年5月の条には、蘇我馬子が大和飛鳥の邸宅に庭を造り、池のなかに嶋を築いたので、嶋大臣と呼ばれたというエピソードが載っている。磐座の信仰や道教の神仙思想が重層して、日本庭園史のあけぼのを準備した。

(日吉大社)

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