ファミリーヒストリー バルナバ病院

ファミリーヒストリー バルナバ病院編

久しぶりにファミリーヒストリー。
今は母方を追っかけている。

母・敬子の戸籍から出生地を見ると、
大阪市天王寺区細工谷町66番地
となっている。

この出生地がどこかを調べてみたら、「聖バルナバ病院」が建っているところだった。
母・敬子は、聖バルナバ病院で生まれたのだそうだ。
僕はその方面は疎いのだけど、女友だちなんかに聞くと、セレブ御用達とか、わざわざここで産むのがステータスとか、そういう病院なのだとか。

母・敬子に確認すると、3人姉妹の3女だった母だけでなく、3人姉妹全員が聖バルナバ病院で生まれたという。
当時、祖父・肇は、飛田新地の実家を出て、かき氷のシロップをつくって大儲けしていたらしい。その金を元手に法善寺に喫茶店「ハワイアン」を出店。ミナミで戦後3番目の喫茶店だったようだが、それは少し後年のこと。

祖母・十三子は娘3人を全員聖バルナバ病院で出産している。
母・敬子や姉妹たちに、あなたたちを聖バルナバ病院で出産したのは私の自慢!とよく話していたとか。
僕の知り合いの女友だちは、聖バルナバ病院で3人はヤバいです!と言っている。
祖父・肇は大変だっただろう。
その娘3人は、その後、全員がプール女学院に通うことになるので、母を含む3姉妹にはめちゃくちゃカネがかかっている。
セレブっちゃセレブなのだろうが、僕には何の恩恵もまわってこなかったな。

曽祖父・豊吉は、飛田新地に暮らしていたらしい。
飛田新地は、大正7年(1918年)に飛田遊郭として誕生し、戦後に赤線となり、売春防止法施行後から現在に至るまで「料亭」が軒を連ねている。
明治45年(1912年)に難波新地の遊郭が全焼する「ミナミの大火」が発生したが、焼け跡には妓楼の再建が許可されなかった。
そのため、代替地として、阿倍野墓地北西の現在の飛田新地の場所に決まり、飛田遊廓が開業する運びとなった。

曽祖父・豊吉は明治5年生まれなので、飛田遊郭ができた大正7年のときは46歳。
飛田新地料理組合がいつ結成されたのか分からないのだけど、豊吉は、「組合の理事」をしていて、「やり手」で、「羽振りがよかった」らしい。
どのような商売をしていたのかはまったく分からないのだが、一家で飛田新地の敷地内に住み、女中を住まわせていたらしい。何人かにあたって証言をもらい、場所も特定した。あの、でっかい階段のたもとなので、いい場所だ。
さてなにがあったのか。
この方面のリサーチはまだ手付かずなので、曽祖父・豊吉のことはさっぱり分からない。らしい、という断片的な情報が手元にあるのみだ。

話を聖バルナバ病院に戻すと、
病院名はキリスト教の聖バルナバにちなんでおり、現存する日本聖公会最古の病院でもある。
アメリカの米国聖公会から派遣された宣教医のラニング医師が、明治7年(1874年)1月、大阪・川口居留地に隣接する雑居地の梅本町に米国伝道会施療院を開設したのがはじまりで、大正12年(1923年)に現在の天王寺区細工谷に移転した。
本館はヴォーリズの設計。第二次世界大戦時には、病院名を「大阪大東亜病院」と改名させられた悲しい過去を持つ。

どんな病院か見てみたくて、事情を話してアポを取り、訪問してきた。
残念ながら病室等は見学できなかったが、マルーン色のタイル、窓枠の形や玄関の装飾などが竣工当時を偲ばせ、玄関口はヴォーリズらしい温かい装飾で溢れた傑作だ。
無論、教会も併設されていた。

カルテの保管は5年間だそうだ。でも、出産専門とする病院なので、開業時から、出産の記録はカルテとは別に残しているとのこと。
僕が祖母・十三子の孫であることを確認してもらい、祖母・十三子の出産記録を見せてもらった。(無論、母・敬子はまだ命名されていないので、記録には「敬子」の名前は出てこない)
ボロボロの台帳を持ってきてくれた。大切に保管されてきたのだ。
「3-10-41」とある1941年3月10日、母・敬子が生まれた日だ。
「Sakai Tomiko」と英語表記され、「26」歳で、出産した。「F」、つまり女の子を産んだ。
84年前の記録がこうして残っていることに、ちょっと込み上げてくるものがある。

このあと、ファミリーヒストリーは祖父・肇を追いかけるつもりだ。
肇の戸籍には、
明治42年6月7日 認知届出■■在ホノルル■■■■総領事■■■■受附
同年7月20日 外務大臣伯爵小村寿太郎届書発送
同年9月13日 受附入籍
とある。
「在ホノルル」「小村寿太郎」と、とんでもない名前が飛び出してきて、どこから手をつけていいのやら、さっぱり分からない。
しかも「認知届出」。。

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