ナカノシマ大学2025年12月講座『淀屋橋のサラリーマン 「たのしい老後」はあるか?』

ナカノシマ大学2025年12月講座『淀屋橋のサラリーマン 「たのしい老後」はあるか?』

ナカノシマ大学2025年12月講座『淀屋橋のサラリーマン 「たのしい老後」はあるか?』を聞きにいく。
名著『定年後』を書かれた楠木新さんが新著『定年後、その後』を上梓されたこのタイミングでの講演。
いやー、自分の人生で「老後」に関心を持つ日が来るとは思わなかったな。思わなかったけれども、誰しも若い自分はそんなことは思わないわけで、ワシも老後について考えるようになったのは、この1、2年のことだ。きっと、人並みではなかろうか。
広告業界に身を置いていると、自分がそうしてきたように、若い連中が若い感性でモノをクリエイトしているのを見ていると、年を重ねていく自分の活躍場所は減っていくだろうなと、数年前から感じるようになった。
現実に自分のフィールドが侵食されている実感はまだないけれど、いつかそうなるやろな、と。だって、ワシだって、年長者の息の根を止めて、仕事を獲得してきたのだから。これからも仕事が降ってくるなんて甘っちょろいことは微塵も思ってないわけで。
だから、数年後に今の仕事が減っていくことを前提として、これから先をどう生きていくのかを考えはじめたわけで、そのタイミングが、「老後」を視野に入れることであり、個人事業主バリバリ人生の「定年」なのだ。
広告の仕事は減る。同年代に向けた広告広報の仕事は若い連中ではなくワシにアドバンテージがあるから、そっち方面の仕事はなくならんだろうが、若い感性が求められる仕事は、確実に減る。まだまだ負けるわけないと思っているのは自分だけで、ワシが発注者なら、新しい人を選ぶね。
といいうことを前提とすると、ワシには地域活動があるから、これは老後をサバイブしていく強力な武器になる。
どんなふうに武器になるのかは後述して、地域活動はね、早くから飛び込んでおいて良かったと、心から思うな。
減っていくだろう広告の仕事を補う柱をどうするかと考えたとき、まち歩きや仏像トークを柱にしたなと思って、この1、2年、やっているのです。
どちらも、人から背中を押されてはじめたことだけど、できることが分かったし、なによりも、ワシこれ好きだわと心から思えたことも大きい。
もともとストレスがたまらない性格だけど、まち歩きや仏像トークをはじめたこの2年は、ストレスはゼロですな。まったく、ない。ほとんど怒ることもないし、人生でこれほど怒ることがないのは、なかったかもしれん。
いつもすこぶる機嫌がよろしい。
でね、こういうことをやってると、仕事が仕事を呼ぶし、話がひっきりなしに舞い込んでくるし、そのせいで本業の広告の方に好影響が出て(つまり仕事が増えて)、山本リンダのもうどうにもとまらない状態(by楠木新さん)になるかもしれん。そこまではなってないけど。
というわけで、こういうことを中心に自分なりに老後の設計がかたちになりつつあり、また見えるようにもなってきて、さあ、他にはどんなのがあるんだ?と、チラッと思うわけ。
まちがっても、ワシが地域おこし協力隊とかボランティアに応募してみるとか、誰かの下についてなにかをするなんて、無理なんやし。
そこで楠木新さん。
人生後半戦は3段階あって、
1)45歳から60までの現役バリバリ世代
2)60歳から74歳までの15年間は「黄金の15年」。仕事は楽なり、自由時間も増えて、扶養義務も軽くなる(介護が残っている人は多い)。ゆえに、人生で最も楽しめる期間。
3)75歳以降はプラチナの期間。自立した生活が徐々に難しくなってくる時期。
もうね、冒頭から救われたな。
ワシがこれからの人生設計を考えり、仕事をしながら、仏像やまち歩きで小金を稼ぎ(ということは生活は縮小する)、地域活動の中でいいかんじの人間関係をつくる、というのが、とりあえず15年は続きますよ、と、楠木さんは言ってくれるのだ。
この関係のなかで動くことがすごく楽しいし、そこで動いていると派生してくるものが、これまたいいのよ(今回の仏像トークろうどくとかね)
桂米朝さんの言葉を引いて、50〜65歳くらいが一番良い時期。70歳近くになると、技巧、貫禄、味など変なモノで誤魔化していく、と。
ああこれもね、とってもよく分かるのです。貫禄とか重鎮とかクソくらえでね。ワシは生来の軽さをずっと保ちたいと思っている。フットワーク軽く、体重も軽く、雰囲気も軽く、軽薄でありたいと思っている。そこが一番居心地がいいから。明石家さんまみたいに、いつもご機嫌でいたのだ。眉間に皺を寄せて、難しいことを言ったりするのなんて、真っ平だ。キヨシローみたいな軽さがいい。
人間関係寿命の確保という話もよかった。
82歳の男性は、同期の1/3は亡くなった。人間関係が減るのが老いることだ、と。
社協に生活支援を求めた80代半ばの男性は、地元に友人がいなかった
ワシは会社員ではないし、家族との縁も薄い。だから、災害や病気なんかのときを考えても、コミュニティが必要だと思って、行きつけの喫茶店を中心に自前のコミュニティをつくってきた。これがあったおかげで、脳梗塞を乗り越えられたと思っている。
深入りせず離れず、という絶妙の距離感で、地域活動に従事しているエリアの人たちや自前で作ってきたコミュニティに、いい具合に助けられている。これはこれからもっともっと自分にとって大切になっていくだろうしね。
昨日のようにサンタクロースになって練り歩くことで、手に入れられるものは大きいのですよ。
というわけで、これからの人生を考えたとき、自分なりにやっていることはあって、今日の楠木さんの話を聞いていて、これでいいのだなと、まあまあ思った。
新しい発見もあったし、これでいいよと太鼓判を押してもらったような気になれて、ああよかった!
75歳以上の話も出たのだけど、そっちはまだワシの視野に入ってないので華麗にスルー。
少なくとも、地域に入って百歳体操とかちぎり絵とかやってる姿はまったく想像できんしな(笑)
中島さん、今日は心からええ講座でした。きっといつもええ講座なのだろうけれど。おおきにです。

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