山本太郎の演説を聞きに十三へ

山本太郎の演説を聞きに十三へ

ワシは今、フリーランスの子ナシなので、大企業優遇とか子ども手当とか、そーゆーのはなんもないわけ。
観光業に従事してるわけでもないし、投資もしてないし、国策の恩恵を受けてるとは、特に感じないわけ。
あ、ガス代電気代水道代くらいはなんかあるんやったっけ? 石破んときの給付金はいつのまにかうやむやに消えたな。

べつにさ、自分の力で立ててるし、自分の食い扶持くらい稼いでるし、人並みに不自由で、人並みに楽しめてるしな。
遊んでくれる人もいるし、喜びや悲しみを一緒に分かち合ってくれる人もいる。
だから、今はいいんよ。

でもさ、明日交通事故に遭って半身不随になったら、明日病気してぶっ倒れたら、かなりヤバいやん。保障がないからな。
そうでなくてもさ、これから歳とって、いつかは世間に面倒見てもらわなあかんときが来るわけでさ。
仕事だって、明日っからプツンと、なんもなくなるかもしれないかもね。

そういうことを考えると、いつ、弱者と呼ばれる人たちになるかわからんわけでさ、ワシ。
たまたま、今、そうじゃないだけで。ラッキーなだけで。

だからということでもないけど、目の前に、手を差し伸べなきゃならん人がいたら差し伸べたいし、弱ってる人がいたら、みんなで手を差し伸べられる社会でありたいと思うわけ。
そこには、あり得たかもしれないワシがいるんやから。

そういう、弱っている人やしんどい局面にいる人に、手を差し伸べられる人に政治家をやってほしいと、ずっと思ってる。
そのことだけを愚直に考えてる人がいいと、ずっと思ってる。
政治って、そういう人のためにあるんやと思うしね。

ワシら、まちづくりのプレイヤーは、自分たちでやるよ。自分たちのまちのことやから。橋普請でも道普請でも、自分たちでやるよ。
だからさ、自分たちだけでできない人のために、政治はあってくれよ。
なんとかファーストに入れてもらえた人はいいよ。でも、政治って、そこに入れてもらえなかった、セカンドやサードの人たちのためにあるのではないのか?

なんとかファースト!ってスローガンが出た瞬間に、政治家は、躊躇なく、セカンドやサードのために働けよ。

もう投票は済ませてるんだけど、喋るっていうから、十三まで行ってきた。
頭に10円玉ハゲつくってるやん。死ぬなよ。

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