名古屋の栄東は女子大小路は、フィリピンパブやホストクラブがたくさん軒を連ねていて、まあまあ猥雑で、裏も面もあるおもしろい場所だ。
僕のまちづくりの先輩でもある六角さんは、「栄東まちづくりの会」のメンバーとして、そんなややこしい場所でまちづくり活動をされており、僕たちキタ歓の活動と相通じるところもあってか、お互いにエールを送り合っている。
2年ほど前に、そんな女子大小路のフィリピンパブを舞台にした映画『フィリピンパブ嬢の社会学』の撮影がおこなわれ、Nobuko Rokkakuさんや栄東まちづくりの会が協力したとも聞いていたので、映画が公開されたら見に行こうと思っていた。
思っていたのだけれども、いつのまにかミニシアター系列で公開されたようで、気がついたときに、もう、売布神社前のシネピピアでしか上映しておらず、なんとか滑り込みセーフ。白羽弥仁監督の舞台挨拶もあって、ラッキー☆
原作本があって、大学在学中にフィリピンパブを研究するために店に潜入取材をするうちにフィリピンパブ嬢と恋仲になり、付き合うようになった著者が見た驚愕の世界が、ユーモアたっぷりに綴られたドキュメンタリーというかルポというか。研究対象を恋愛対象にしちゃったのね(笑) 社会学というよりも、体験ルポ系ノンフィクション☆
「フィリピンパブ」ではなく、「フィリピンパブ嬢」というところがいい。
もっとも、付き合ってのめりこんでしまったことで分かったこともたくさんあり、日本社会でのフィリピンパブへの風当たりの強さも、肌で感じることとなった。
おもしろくて、一気に読んでしまった。
それの映画化。お笑いコンビ・まえだまえだの前田航基が冴えない主人公を演じていて、とてもいい。
白羽弥仁監督は、フィリピンパブ嬢で恋人役のステファニー・アリアンに殴られるときの殴られっぷりがいいのでキャスティングしたと言っていたが、さもありなん。
ずいぶん古い話になるけれども、80年代後半のバブルの頃は、フィリピン嬢といえば、ジャパゆきさんと言ってね、アジア各国から出稼ぎに来る女性のことをそう呼び、フィリピン人女性はその代表格みたいなもんだった。
そのときのフィリピン人女性のほとんどは、芸能活動に従事する外国人向けのタレントビザで来日していた。
フィリピンパブで働くために日比間を橋渡しするブローカーと契約し、タレントビザを用意してもらって来日して、フィリピンパブで働いていた。
彼女たちは寮に入れさせられて、わずかな給料で働かされて、その中から、本国の家族に仕送りをし、日本人のええ加減な客にだまされて妊娠して逃げられたりして途方に暮れる…、というような話は、当時はそこらへんになんぼでも転がっていた。
見え見えのタレント・ビザが発給されなくなった今は、偽装結婚で入国、パブで就労するのだそうだ。
やり口が変わっただけで、大枠のスキームは何も変わっていない。
いや、かつてだって、フィリピン以外の南米の国なんかだと、タレント・ビザが発給されないから、偽装結婚だったよ。
技能もコネもない一介のフィリピン人のおねーちゃんが日本に来てフィリピンパブで働くのに一番手っ取り早いのは、日本人の男と結婚してしまうことだ。そうすれば婚姻ビザがもらえる。
婚姻ビザをもらうために、恋愛感情がないどころか面識すらない男女がくっついたように見せるのが、偽装結婚だ。
戸籍が傷ついてもへっちゃらな借金で首のまわらない日本人男性と、日本行きを希望するフィリピン人のおねーちゃんをマッチングさせる斡旋業者がいて、もちろん、裏でヤクザが糸を引いている。
僕がペルー人と結婚した35年前も今も、たいして変わらん。
35年前ジャパゆきさんたちがたくさんいたおかげで、僕がペルーで結婚して、ペルー人の奥さんを日本に連れて帰ってきたとき、結構苦労したのよ。
さらに、ペルーと日本の両方で婚姻届を出すから、二重にめんどくさかった。
偽装結婚もバレないようにするのがめんどくさそうだが、僕の場合は、偽装結婚じゃないことを訴えていかなあかんめんどくささがあった。
以下、ペルーで結婚して婚姻届を出して、日本に来てから婚姻の手続き関係の顛末。
南米のペルーは強力にカソリックの国なので離婚はできないのだけれども、それはそれとして、教会で結婚して婚姻を証明してもらわないことには、そもそも役所が婚姻届を受け付けない。かつ、それ以前に教会がカソリック同士でないと結婚を認めないので、大前提として僕はカソリックに入信せんとあかんかったのです。
まず、カソリックに入信する。洗礼名をもらうのだけど、100ドル払えは好きな名前をもらえそうだったので、神父に100ドル渡して(カソリックは神父、プロテスタントは牧師)、「ルイス」と名付けてもらったわけ。ワイロでカタがつく南米は、そのへん、わかりやすい。僕の「ルイス」はこのときについた名前で、以降、僕の住民票登録名の正式名称には、この「ルイス」がつくわけです。22歳の秋のこと。
晴れてカソリック信者(偽装信者!)になると、教会で結婚することができ、結婚すると、教会から婚姻証明書が発行される。
それを持って、役所に行き、日本で言うところの婚姻届を出す。で、受理される。宗教上の結婚の証明がないと、役所が受け付けないってすごいな!と当時は思ったのだけど、今は知らん。
ほか、婚姻にかかるものは、日本では想像もつかんような習慣がちょこちょこあるのだが、長くなるのでそこは今回は割愛。(新聞に三行広告を出さないといけない、とか)
ここまでがペルーでの国際結婚。ちなみに、日本から戸籍を取り寄せる必要はなく、パスポートだけでOKだった。
で、このあと日本で生活するのなら、日本でも婚姻届を出さんとあかんし、それに付随するビザも取得せなならんわけです。こっからが超めんどくさい。
国際結婚して日本で住む場合、ペルー人の僕の奥さんは、次の手順を踏むことになる。
1)観光ビザで日本入国(3ヶ月滞在可能)
2)法務局に行って、さらに3ヶ月の延長を申請する。
この6ヶ月のあいだに婚姻届を出す。婚姻届自体は最寄りの役所で出したらよろし。普通に日本人男女が結婚する場合とおんなじですわ。名前が長くて名前の欄に収めるのがしんどいくらいで。(ほら、「ルイス」とかついちゃってるから。それに南米の人は元々正式な名前がめっちゃ長い)
ただし、婚姻届が受理されたからといって、外国人が日本に未来永劫滞在できるわけではないのですよ。
観光ビザが有効なうちに、婚姻ビザを申請せんとあかんわけです。このビザだって5年しか滞在できないけど。
この婚姻ビザが、簡単に発給されない。
それこそ、「偽装結婚ではない」ということを、状況証拠を積み上げて証明せんとあかんことになってます。(絶対的な証明ができへんから)
・結婚式の写真を1枚だけじゃなくて数枚出せ。
・当人だけでなく家族と一緒に写っている写真を出せ。
・日本で生活している様子の写真を出せ。(今と違ってデジタルじゃないので、フィルム買って撮影してプリントせなあかん)
・ペルーでの婚姻関係を証明する書類を取り寄せろ。
・それスペイン語の書類やん。日本語訳の書類つけろ。
・新郎が身元の引き受けになるなら、新郎の納税証明書か確定申告書を出せ(ワシ、ずっとバックパッカーで日本におらんかったんですが。。。)。
・ちゃんと生活実態があるかどうか見たいので、自宅に行くよ。
むっちゃプライベートを探られる。
しかも35年前は在日コリアンが法務局に詰めかけて権利獲得のための団交をしてたので、運悪くその日に来庁すると、ワシなど相手にされない。
あ、外国人登録証もつくらんとあかんのだが、指紋押捺が権利侵害やとかどうとかで、これまた揉めてましたな。
法務局の窓口がアツい時代で、僕みたいな善りょーな一般ピーポーの配偶者の婚姻ビザなんか、後回しにされるわけです。
このへんの書類が整うまで何度か法務局に足を運んで、審査があって、ようやく婚姻ビザがもらえる。
こうなると、仕事もできる。フィリピンパブのおねーちゃんたちが偽装結婚してまで欲しいのは、これですわ。婚姻ビザもろて、堂々と仕事する。
でも、滞在5年ですわ。短期決戦で来日してるフィリピン人おねーちゃんは5年でええかもしれんが、僕んとこはそうはいかん。婚姻ビザの有効期限が近づくと、ビザ延長の手続きをせんとあかん。延長は最初の取得に比べて簡単やけど、面倒には違いないですわな。
とまあ、各国によって事情は多少は違うのかもしれないけれども、いろいろと面倒なことがあるんです。日本の行政はね、定住者向けにつくられたシステムに乗っかって運営されてるんで、移住、移民、国抜けをするような連中に対しては、優しくないのですよ。
『フィリピンパブ嬢の社会学』も、まーややこしいことに揉まれて、ふらふらになってますわ。揉まれながらも、ポジティブに生きていこうとハッピーエンドで終わる映画なので、そこは救いやったけど。ええ映画でした。
エンドロールで、六角さんや栄東まちづくりの会がクレジットされているのを発見して、おおっ!となりました。
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