むかしのポジフィルムを整理していると、20代の前半、西アフリカをウロウロしていた頃の、カーボベルデの写真が出てきた。ポジから紙焼きにしたものだな。
世界中をウロウロと旅していた若いころ、西サハラとかモーリタニアとかセネガルとかギニアとかをうろうろしていたとき、カーボベルデって名前の国を知って、そんな国名の国はまったく聞いたことがなかったので、なんとなく興味が湧いて、ダカールで安チケットを手に入れて、大西洋に浮かぶカーボベルデに行ってみたんよね。
時間と好奇心だけはたっぷりあったからな、あの頃は。
ポルトガル語圏なので、カーボベルデって国名もポルトガル語。「緑の岬」って意味。当時すでにマスターしていたスペイン語でも同じ言葉だ。
ダカールから飛行機に乗って2時間くらいだっただろうか、着いたときは夜で、陸の広さがまったく分からなかった。
街灯は乏しく、タクシーで、暗闇の一本道をまちへと向かったのだった。
新しい一日とは、なにも、朝にはじまるとはかぎらないしな。暗闇を抜けながら、ヘッドライトの光が届くわずかな風景の向こうに、出来立ての未来があったわけだ。
まだ若くて固くて青いばっかりのパンク小僧だったワシは、あの頃の旅ではまだ未来しか見てなかったしな。
5分ほどのドライブで目抜き通りに到着するのだけど、商店の灯もなく、人の住む家々がひっそりと眠っていた。タクシーの運ちゃんになるべく安い宿を探してもらい、数軒を転々として、ようやく見つけた宿の、9号室に収まった。たしかまだ9時くらいだったはずだが、真夜中の訪問者のようだった。
でも腹はしっかりと空いていたので、外に出てみた。ダカールの空港もカーボベルデの空港も売店らしきものなどないし、飛行機では機内食なんて洒落たものもなかったし。
暗い通りにいたルーシーという名前の婦人警官に声をかけて、食堂の場所を教えてもらい、ツナのステーキとコーラを注文した。店は大きな部屋だったが、部屋の半分には屋根がなかった。満天の星を見上げては、コーラを飲み、ツナのステーキを食べた。耳を澄ましたが、海の音はしなかった。
日本にいたら、おそらく、一生その名前さえ知ることのない国にいるのだ、と思った。
カーボベルデ。ワシの知らない場所で、明けていく夜や暮れていく空があって、生まれて恋をして、死んでいく人々がいる。その無限の広さが、なんだか悲しくて切なかった。
だってな、世界はこんなにも広いのに、ワシが訪れることのできる土地は、長い長い海岸線のひと粒で、恋をする人との出会いは、奇跡なのだから。
並べられたテーブルのひとつに、ひとりの男が両肘ついて、そんなことを思いながら、間抜けな顔を天に向けていたのだ。
翌朝、明るくなって目通りを歩いていると、道端に本を並べている青空本屋さんを見つけた。
分かったような分からないようなスペイン語やポルトガル語の本を手に取り、パラパラとめくっていたら、雨が降ってきた。
雨が降ってきて、青空本屋さんのおっさんは慌てて本を片付けはじめて、あっという間に店じまいをしてしまったのだ。でもさ、雨が降るんだから、屋根を自作するとか、屋根代わりになる木の繁っているところで店を開くとか、なんかやりようがあると思うのだけど、もちろんそんなことは言わなかった。
この写真は、雨が降る少し前に撮ったもの。
ワシ、23歳の冬だったな。



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