
1983年、高校2年。ワシの魂は、RCサクセションを経てオーティス・レディングの泥臭いシャウトに焼き尽くされていた。ジミヘン、ジャニス、US直送の黒いグルーヴにどっぷり浸かり、貸しレコ屋「オヤユビピアノ」で借りたクラプトンやゼップなんかのUKにも手を広げてカセットに叩き込む日々であった。
そんなワシの隣には、生年月日がまったく同じの、後に高校を卒業してから付き合うことになる、アホみたいに賢い、かつ、怒るとめっちゃ怖い、当時はまだ単なる同級生だった愛子さんがいた。
ワシが「ロックは魂の叫びや!」と吠える一方で、愛子さんはデヴィッド・ボウイーに心酔し、「アンタのブルースは古臭いのよ」と鼻で笑う。UKのチャラチャラしたオカマのどこがええねん…。価値観はまさに水と油。けれど、彼女の圧倒的な知性と地頭の良さに、ワシの後頭部はいつも叩かれっぱなしだった。
初期のデヴィッド・ボウイーはクールでかっこいいけど、最近のはチャラチャラしてるし流行りのダンスミュージック取り入れてるし、あんなんダサいねん!と、彼も最初の頃はよかったんだけどね…、謎の上から目線でイキリ倒す日々だったのだ。ありがちですな。アホですな。
ほんでまた、その頃のボウイーにキャーキャー言うてた愛子さんに、頭をしばかれる。
「道極めました的音楽最高!の弊害ここにあり、やな」と。
しんどいのは、英語のグラマーだった。リーダーなら知ってる単語をつないで雰囲気で乗り切れる。だが、グラマーはそうはいかん。 …って、グラマーって今でも通じるんか? 45年くらい前のワシらの時代は、英語の授業はリーダー(長文読解)とグラマー(英文法)があったのだ。オヤピといい、いちいち古いなこの話は(笑)
そのグラマーに出てくる、「未来完了形」という巨大な山脈。
「未来やのに完了してるって、哲学か! 意味不明じゃ!」。無謀にも英文法山脈にケンカを売るワシの頭に、愛子さんの鉄拳がバシバシ飛んでくる。
「四の五の言わんと、これがルール。まず受け入れ! 外国語を学ぶとは、その国のモノの考えかたを身体に入れることや!」。
今でこそワシもそんなふうに言うことはできるが、当時の、古き良きブルーズの型に閉じこもるワシは、愛子さんからすればただのアホウな分からず屋だった。
そんな1983年の10月。デヴィッド・ボウイーが万博公園にやってきた。チケット代は破格の5,000円。当時の外タレ相場4,000円を軽々と超える。なんちゅーか、貴族の価格だ。 LPが2,800円、映画が1,500円の時代。LP一枚買うのも必死な高校生に、そんな大金があろうはずもない。
結局、ワシらは万博近くのマンションに住む友人の家に集まった。無論、友人のお父さんお母さん弟などが住んでおり、ワシらはすいませんすいませんすいません!と、ベランダに陣取らせてもらい、友人のお母さんお手製の焼きそばなどつまみながら、ベランダから耳をダンボにして、かすかに漏れてくる音を盗み聴くのだった。
夜空に響く「スペース・オディティ」や「ジギー・スターダスト」のスペイシーな浮遊感。ジャーマン・プログレに接近した「ロウ」のダウナーな音の数々。遠すぎてかすかにしか聴こえなかったが、漆黒の夜空とワシらの願望が強力な補正機能を発揮して、それらは最高にクールに響いていた。クールであってくれ!という願望が音となって、ワシらの耳に届いていたのだ。
だが当時のボウイーは、ナイル・ロジャースと組んだ「レッツ・ダンス」で世界を躍らせていた真っ最中であり、「売れ線のダンスミュージックに魂を売った」と批判にさらされていた真っ最中だったのだ。
「あんなん商売やんけ産業ロックやんけ……」 ボソッと呟いたワシの隣で、愛子さんは、音漏れの向こう側にいるはずの「貴公子」を必死に追いかけていた。
そして、「アンタに何が分かるん。変わらないことより、変わり続けることの方がどれだけしんどいか。四の五の言わんと、今の音を聴きなさいよ」。
ここでもワシは、古き良きブルースの型に閉じこもる、愛子さんからすればただの分からず屋だったのだ。
結局、ワシはゼップやオーティスを愛しながらも、風に乗って流れてくる「モダン・ラヴ」の軽快なカッティングに、知らず知らずのうちに足でリズムを刻んでしまっていた。
ダンスミュージックって、強力に下半身を揺らすよね。
5,000円を払えず、マンションのベランダで耳を澄ませたあの夜。 ワシが「本物」と信じた泥臭いブルースと、彼女が愛した「偽物」のようでいてじつは最先端だったボウイー。 どっちが正解かなんて、未来完了形でも説明できん。ただ、あのかすかな音の粒子こそが、ワシらにとっての「1983年のリアル」だった。
あんときはそうやったが、なんだかんだで、デヴィッド・ボウイーはずっと聴いている。
ボウイーは、数多くの円を描いてきたが、それらは違うように見えて、すべて中心点を一にする同心円だ。
ボウイーがどうしようもなく体現してしまう、伝えたいことなのかそうでないのかすら分からないうちに漏れ伝わってしまう「孤独」や「異端であること」。
それらはいつの時代もロックンロールを推進させる大きな感情だが、ボウイーの根っこにあるそれらは、何一つ変わっていない。それを表現するための手段が、折々で、カメレオンのように変わる。
変幻自在でありながらも、ボウイーはボウイーである一点において、彼は変わらなかった。そして、手を替え品を替えしてでも伝えなければならないものが、彼にはたしかにあった。
ラスト・アルバムになった「ブラックスター」もご機嫌で聴いてたよ。あれからでも、もう10年になるんやね。
そんな、遠い昔のことなど思い出しながら、数日前にちくま文庫から出た野中モモの『デヴィッド・ボウイ 増補新版 変幻するカルト・スター』を読んでいる。いろいろ、アホウやった時代のあれやこれやが去来する。
近田春夫がボウイーのライブ・パンフに、
大島弓子が描いた「綿の国星」にはボウイーは一個も出てこないがあれこそボウイーの世界を体現しているのだ!
なんて書いた1983年の秋。
それを読んだワシはすぐに「綿の国星」を読み、山岸涼子「日出処の天子」や吉田秋生「吉祥天女」などの沼にハマっていく1983年の高校2年の秋。
愛子さんは、その後、京都大学医学部に現役で進学し、ワシは東京の大学に行き、ちょっとだけ遠距離で付き合ったのち自然消滅した。



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