むかし、パキスタンの安宿に泊まっていたとき、出された食事に睡眠薬が入っていて、気がついたときには、財布から荷物から上着から全部パクられたことがあった。あとで知ったことだけれども、そこは、バックパッカーの仲間内では有名な泥棒宿だった。
仕方がないので、歩いて日本大使館に行き、事情を話し、1円も金を持ってないので、送金してもらうために日本に電話をさせてほしいとお願いした。
そのときの大使館の対応は、パスポート持っておらず身元が証明できないからダメ、ってことだった。パスポートも盗られたから、こっちは困ってるんだがな。
埒があかないので、邦人系の銀行で事情を話し、厚意で国際電話をかけさせてもらい、事なきを得た。
聞いた話では、こんなのがあった。
日本人女性がスイスに留学中に知り合った外国人男性と結婚し、ユーゴスラヴィアに住んでいたら、ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦に巻き込まれた。家族が、外務省に「探してほしい」と依頼したら、「住所でもわかれば」と言われた。その後、件の日本人女性は死亡した。
そういう話は、バックパッカーで旅をしていたときには、いくらでも転がっていて、それ以来、僕は、日本国政府というものは在外邦人の安全を確保するものではないのだな、と思っている。
ついでに言えば、外務大臣も、今回ヨルダンの現地本部で陣頭指揮をとっている外務副大臣も、僕はまったく信用していない。
なにか途方もなく不祥なものが跋扈しているように見える一連の惨劇に触れて、僕は、バックパッカーだった時代の自身のことや、そうそう、数年前にエルサレムの壇上でスピーチした村上春樹の「卵と壁」について思い巡らせていた。
僕には、ISISも日本国政府も、村上春樹が言うところの「壁」を高く強固にすることだけに汲々としているように見える。
「壁」がどんなに堅牢なものになるのだとしても、僕もまた、村上春樹が言うところの、壊れやすい「卵」の側にいたいと思う。いち、市井の人間として。
天気がよかったので、あびこ観音から四天王寺さんを巡ってきたのだった。
どちらも、気安い塩梅で、ちょっとお参りに、といった風情の人がたくさんいて、観光ではなく、現役の、生きているお寺さんなのだなあ、あらためて思う。
写真は、四天王寺の境内にいらっしゃる、苔むした亀井不動さん。
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