岸政彦と柴崎友香が交互にエッセイを書いてつないでいく『大阪』を読む。
単行本が出たときにも読んだが、文庫が出たので再読する。
文庫のほうには、巻末に書き下ろしが収録され、ちょっとお得感もある。
解説は西加奈子だし、これで津村記久子が帯でも書いてくれたら大阪オールスターですがななどとひとりごちる。
東梅田の清風堂書店で店頭の一等目立つ場所にあったので、すぐに目について、すぐに買った。津村記久子の本もすぐ近くに置かれていた。
清風堂書店が入る梅田セントラルビル、それに大阪日興ビルと梅田OSビルの建て替えと一体再開発が発表されたので、清風堂書店の行く末を案じつつレジに向かうと、サイン本があるからと、そちらと交換してくれた。
岸政彦と柴崎友香の両者のサインが一冊に書かれているのもうれしいが、猫ステッカーが入っていて、これは岸さんとこのおはぎときなこがモデルか?とマニアックなところでニヤリとしながら、猫ステッカーが挟まれたサイン本をいただいた。

岸さんがジャズのセッションプレイヤーとして梅田界隈で演奏していたころの話に、西梅田の「Don Shop」が出てくる。

高校を出て大学に入るか入らないかのときだったと思うが、ブルース・スプリングスティーンの初来日コンサートが大阪であって、そのチケットを買うのに、友だちと2人でウドー音楽事務所に並びに行ったことがあった。
インターネットが普及するはるか以前の話で、ぴあのチケットサービスがはじまる直前だったはずで、当時、コンサートのチケットを買うには郵送かプレイガイドの店舗かだったはずだが、大阪は音楽事務所があったので、そこへ直接買いに行くという手段があったのだ。しかも、音楽事務所で直接買うと、プレイガイドで買うよりもいい席が買える!というまことしやかな噂もあった。

そんなわけでウドー音楽事務所(の大阪支社)でチケットを買うべく発売日の前日から最終電車で梅田に行ったのだが、発売時間の翌朝9時までの深夜を含む全時間を並ぶ根性はないから(そんな猛者は当時はまだ一人もいなかった)、明け方の4時くらいから並ぼかということになり、それまでを「Don Shop」で過ごすことにしたのだった。

「Don Shop」の店内は70年代を思わせる内装で、当時からすでに古めかしかった。間仕切りのガラスには手描きのバラ模様があったのを覚えている。セミプロレベルのジャズミュージシャンがよく演奏していたと思われるが、洋楽パンク小僧だった当時の僕にとってジャズはまったく用がなく、ではなぜこの店にいたのかと言うと、夜中じゅう開いていて、特にチャージを取られるわけでもなく、かつ、食べるものが充実していたことにある。まだ日本でタイ料理なんて影もかたちもなかったが、すでにトムヤンクンがこの店にはあった。

僕はそんな「Don Shop」でちょいちょい夜を明かしていたのだが、あのとき店の片隅で演奏していたのは、大学院を落ちた岸さんだったのだろうか?と、楽しい妄想をしながら、このエッセイを読んだ。

柴崎さんは大正の生まれ育ちなので僕の思い出と重なるところはないのだけれども、扇町ミュージアムスクエアやアメ村など、サブカルが元気だった時代の大阪の空気感は共有していて、あのころの、おもちゃ箱をひっくり返したような時代の空気をなつかしく思いながら読んだ。
扇町ミュージアムスクエアでは、ジョン・ウォーターズの『ピンク・フラミンゴ』あたりのマニアックな映画を見た気がするが、柴崎さんもあの場所で同じ映画を見ていただろうか?

岸さんと柴崎さんの両者の話は交差することはないが、低音の旋律と哀愁を伴った音色のセッションをしているようで、音のタッチが似ていて、ときどき、どちらのエッセイを読んでいるのか分からなくなるほど、両者のエッセイはシームレスで読めてしまう。
同じ通奏低音が流れているような気がする。
でもそれが心地いい。

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