日野祭

日野祭

数年来の念願かなって、やっと日野祭に。
日野には毎年3月のひなまつり紀行にお邪魔して、そのたびごとに日野祭!日野祭!と言われ続けてきたのだ。
湖東随一の祭りにして、蒲生上郡総氏神・馬見岡綿向神社の春の例大祭「日野祭」。
まち歩き仲間の鈴木さんも三重から参戦。限りなく現地集合現地解散(笑)

今年のひなまつり紀行に訪れた際、当屋から曳山を出して、お囃子の練習をしている風景に出会した。遠目に眺めていたところ、曳山に上ってみるかい?と声をかけられ、お言葉に甘えて、曳山の最上階まで上らせてもらったのだ。それが町内最大サイズの曳山である西大路の曳山。そのとき、今年は必ず日野祭に来ます!と宣言して、そのときの約束を果たすべく、日野祭へ。

なんと、町内16基中11基の曳山が朝から宮入りする。
地区で持ちまわりの神輿番があるため、神輿番に当たった地区は人数の関係で曳山を出さないのだ。そのため、今年は11基。
先導集団が竹で地面をバシバシ叩きながら、巨大な曳山が動く。
高さ6メートルから7メートルの曳山は、重さ5〜6トン。これを曳く様はそれはそれは勇壮で、方向転換のヤリ回しでは曳山を傾けるので、スリル満点だ。
宮入りすると、曳山の最上部には、その年その年の出し物である「ダシ」が飾られる。紫式部、鬼滅の刃、浦島太郎、蒲生氏郷…、地区地区の曳山でさまざまだ。
その間、ずーっとお囃子が奏でられて、一気に祝祭空間に塗り替える。
地区の皆が協力しないとできない祭りだ。

神童である「神子」が被る紙でつくられた壮麗な傘も見物だ。

そして、神輿。神輿を担ぐ人たちは、揃いの法被の下になぜか女物の着物を着ている。丈は短くちんちくりんで、しかし二重三重と重ね着。そして、全員の柄が違い、一人として同じ柄がない。
こんな衣装はどの祭りでも見たことがなく、なぜこんな衣装なのかを、年寄りから若中まで手当たり次第に10人くらいに聞いたが、皆一様に、知らない、と。なぜだ?

日野祭は、850年以上の歴史を持つ綿向神社の春の例祭で、春の例祭だから、豊作祈願だろう。
近江日野商人は神社仏閣に篤く寄進した人たちだが、同様に、祭りに寄進した額もものすごいものだったと思われるし、それは曳山の壮麗さを見てもわかる。何億かかるのよ?ってシロモノだから。

議員関係と思われる方々は皆、礼服に白ネクタイの正装だ。
勧請縄の西村泰郎さんとも再会したが、彼も、紋付の正装だった。
そういう祭りなのだ。日野最大の晴れの日の祭りだ。
いやー、すごいものを見ました。

もちろん、TJWKでおなじみのひまわり食堂の古道さんとも再会、抱擁、大ぶりに切ったシイタケの出汁がききまくった美味しい炊き込みご飯をいただきました☆

顔面灼けまくりの雲ひとつない青空の下、すごい祭りを堪能した1日でした。幸せだ! 朝5時起きで出発した甲斐があったね!

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