昭和町のまちづくりのキーパーソン・丸順不動産の歴史と現社長である小山隆輝さんの理念や取り組んできたことを、長女の美砂さんが書いた『丸順不動産とまちづくり』。
副題に「大阪・昭和町と歩んだ100年史」とあり、外野から眺めてその通りだとこれまでも思ってきたし、この本を読んで、やっぱりその思いを強くした。
長屋の価値に気づいて、昭和町のまち全体が文化財だらけやないか!と気づいた瞬間のこと。
まだリノベーションという言葉が浸透していなかった時代に、長屋の趣を残しつつリノベするために大工さんとケンケンガクガクした日々。
再契約を前提として5年間の定期借家契約を提案して、テナントの経営状況を見ながら家賃をコントロールしていく仕組み。
ひとつひとつ課題をクリアしていって、長屋再生の手法を確立していったプロセスも具体的で興味深い。
やがて、昭和町は「上質な下町」として、チェーン店のみならず、小さな「良き商い」をたくさん育てていくことこそが不動産屋さんができるまちづくりだと思い至る、隆輝さんの思い。
まちの小さな不動産屋さんがいかにまちづくりにコミットしてきたのか、その事例やノウハウが細かく紹介されている。
その先のバイローカルのことなども。
昭和町には昭和町なりのまちづくりがあるし、そのまま梅田や中崎町に当てはめられるものではないけれども、こうやってやっていけばいいんだな、隆輝さんはこんな思いを抱えながらやってきたんだなということが、具体例を交えながら、平易な文章で書かれている。
僕は社長の隆輝さんのことは人を介して間接的にしか知らないが、この本を書いた長女の美砂さんのことは知っている。
美砂さんはかつて毎日新聞社の記者として働いておられて、特に広島の原爆被爆者の訴訟を追い続け、『「黒い雨」訴訟』を上梓して、この問題を世に問うた骨太のジャーナリストだ。この本が発刊されたときはまだ20代半ばだったように思う。
その少し前、彼女は広島から大阪勤務に変わっており、僕たちキタ歓楽街環境浄化推進協議会の梅田の防犯活動をがっつり取材していただいた。
それから少ししてからの『「黒い雨」訴訟』上梓だったので、何も知らなかった僕は、ずいぶんと驚いた。
その後、この問題の根っこは東日本大震災での原発賠償訴訟ともつながっているよなと思っていたら、代表団の森松明希子さんともあたりまえのようにつながっていて(しかも意気投合してるし)、僕も、おふたりが集う場に参加したりもした。
ほどなくして、美砂さんは毎日新聞社を退職し、フリーのジャーナリストの道を歩みはじめる。
その後、核被害者を取材するためにカザフスタンに行き、核の問題に精力的に取り組む一方で、このたびの本。長屋再生の昨今のことだけでなく、創業100年を迎えた3代にわたる家業の通史を書かれた。
3代目社長の長女として生まれた美砂さんは、会社に残されていた古い資料をめくり、おとうさんとおじいさんへの聞き取りをしたという。
美砂さんは、この本を書くことでかつて訪れた丸順の3度のピンチを知る。そして、丸順がそのどこかでつまづいていたら、私はこの世に生まれてなかったかもしれなかったんだなと書かれている。
そうやって、思いがけない自身のルーツを知ることの連続がファミリーヒストリーを探る旅だ。
僕は昨年の今頃ファミリーヒストリーをつくるために家系を遡る旅を続けていたので、これを書いた美砂さんの気持ちと重なるところがあるかもしれない。思いがけず、ルーツの一端を知る旅だ。
まちはすべて先人たちがつくったものだが、同様に、親や祖父や曽祖父が生きたことの上に自分が今生きているのだと、僕も自身のファミリーヒストリーをつくることで知ったのだし。実感するのだし。
この春は忙しくしていて、あまり本が読めていない。でも、いい本ばかりを読んでいる気がする。これも、とってもいい本。
それにしても、美砂さんと隆輝さんはお顔が似ているな。さすが父娘。

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