つひまぶ vol.26 キタの先駆的な社会福祉史

つひまぶ vol.26 キタの先駆的な社会福祉史

春の早い時期に、天満のまち歩きの依頼を受けたのはいいのだけど、天満宮とか神社仏閣以外で、という注文付きだった。まあ、天満の地の人たちだったので、分からんでもない。
まあまあ難易度の高いお題を前に、神社仏閣以外で何があるかなとつらつらと考えていると、大阪七墓のひとつ葦原墓地、天満紡績と労働争議、北市民館、扇町公園と堀川監獄、池上雪枝感化院…、と天満は民や草が元気だったことが分かるまち歩きができるなということが見えてきた。無論、そこには天神祭も入るのだけど。

その視点でさらに解像度を上げてみると、
北市民館は我が国初の公営セツルメント施設だし、池上感化院だって全国初の感化院だし、全国初といえば本庄公設市場だって常設の公設市場としては全国初だし、本庄にはかなり早い段階から産院があったし、扇町公園の北側には堀川乳児院があったし(青空書房の坂本健一さんのイラストマップに描かれている)、梅田には小林授産場があったし、今も続く点字新聞の雄・点字毎日は大阪堂島で産声を上げてるし、そうそう大塩平八郎の乱だって救民が旗印だったわけで…、と、次々と出てくる。

天満や梅田はどうやら、社会福祉事業の取り組みが、官民を問わず、全国に先駆けて実施された場所だということが分かってきた。
これ、今までに誰か言った人がいるんでしょうかね? 僕は寡聞にして知らないけど、調べてみると、そうなのよ。

大阪は大正年間から昭和初期にかけての1920年代、大大阪時代を迎えるわけだけど、都市化が進むということは、経済格差が生まれるということでもある。細民(貧しい民)が生まれ、そういう人たちが都市と鄙とを分けるマージナルなエリアに住まざるを得なくなるわけだ。結果、天六や長柄にスラムができる。
そういうことを背景として、都市化の暗部として経済格差が生まれ、さらにそれらを背景にして、福祉事業の必要性を感じた人々が、孤児院や救済所やセツルメント施設をつくる。
皆、私財をつっこんでこれらの事業に取り組むのだけど、収益事業ではないし(収益事業もおこなうが乏しい)、事業への無理解から銀行融資も得られなければ、公的機関からの援助も乏しい。そうなると、やがて、行き詰まる。

初期の高邁な理念を持った人たちの取り組みは、ことごとく行き詰まる。時代がまだ追いついていなかった。
でも、このような先駆的な人たちが炭鉱のカナリアとなって、機運が高まっていき、大正時代にはついに、全国初の公営のセツルメント施設である「北市民館」が設立される。

そんな、全国に先駆けたキタの社会福祉事業の歴史を、一冊にまとめました。
まとめ切れるものはないけれども、ずらずらっと紹介してみました。
これらを特集したものって、なかなかないと思うので、ぜひ、手に取ってご覧いただければと思います。

最終ページには大充実の「キタの社会福祉事業史年表」掲載!

おなじみのコラム「キタのええもん キタの手みやげ」は、
天五中崎通り商店街にある、年季の入った店構えがどこか懐かしい「力餅食堂」さんのテイクアウト「おはぎ」を。あっさりしていて美味しいよね☆

「北区マップ考現学」は、
『本でつながるマップ』と『天満橋おさんぽの友』 – 本でつながるマップを!

そして「キタと彼女のラブストーリー」は、梅田東子ども会会長の濵田陽子さんにお話を聞きました。
盆踊りクイーンにして、天神祭「鳳講」の「熟女神輿」の担ぎ手でもあり、梅田東地域活動協議課会長の丈達裕士さんとのデュオ「ひろし&ヨーコ」で歌うヨーコさんの実像に迫っとります☆

というわけで、今号も盛りだくさんな内容となっています。
今週月曜からフライング気味に配布しているのだけど、手前味噌ながら評判は上々なのです。

つひまぶvol.26「キタの福祉史号」は、5月1日発刊。
現物は、北区の行政施設、地域施設、ほか、配架リストをご覧くださいませー。

https://tsuhimabu.com/?p=469

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