節分です。
みなさん、海苔巻きは食べましたかー?
今年は、なんでも巻いてしまえ!ってかんじで、いろんなものが出現してましたね。松坂牛のローストビーフ巻とか、スイーツやん!ってものとか、マジか?と
僕は毎年、天神橋筋商店街の6丁目、寿司ロードにある「すし政」さんで買います。
上巻400円。ハーフサイズですが、鰻やらマグロやら、いろいろ豪華なのが巻かれています。
毎年、結構な行列ができ、この行列で知り合いとバッタリと会ったりもするのです。
その後、今年は、長柄中にある南長柄八幡宮へ。
こちらは普段は無人なのだけれども、この日だけは豊崎神社から宮司さんが来られ、お神楽が舞われ、氏子さんたちがたくさん集まって、賑やかになります。
福豆もまかれ、老若男女入り乱れての福豆の取り合いがはじまります。
南長柄八幡宮は、1098年(承徳2年)の難波八十島の古地図に記されているので、少なくともそれ以前に創建されたものと考えられています。今でこそちっちゃな境内ですが、1880年(明治13年)の南長柄村村誌には、社地323坪を有する立派な神社だったことが記されています。
現在の社殿は、明治末期の神社整理政策によって御神体が豊崎神社に合祀されていたものを、地元で再建の機運が盛り上がり、旧家から現在の社地の提供を受けて頼母子講や寄付により、再建が成りました。
一度合祀、廃止された神社がこんなふうに再び完全復活した例は、結構珍しいと思います。
続いて、露天神社。
ご存じ、お初と徳兵衛のお初天神です。夏の例大祭と並んで、節分祭がとても賑わいます。
神社参集殿にて追儺式(まめまき)がおこなわれ、参拝者には、お神酒、ぜんざい、うどんが振る舞われます。
振る舞いには長蛇の列ができて、すごい人です。
夏の例大祭でおなじみの地車囃子の奉奏とともに、龍踊りも。
このあと福豆撒与があるんですが、今回は次があったので、見ることができませんでした。残念!すごい人が集まって、盛り上がりまくるらしいです。
その後は、お焚き神事(護摩焚き)がおこなわれます。
今回、最後に訪れたのは、堂島薬師堂。
推古天皇のころに記録が残る、国内でも最古のお堂のひとつと言われる、古い古いお堂です。
現在は、堂島アバンザの竣工に伴って新築された、三角形の金色をした熱線反射ガラスを球形に組み合わせた超モダンなお堂。
平成16年にはじまった「堂島薬師堂節分お水汲み祭り」も、今年で12回目です。
毎年の節分には、地元の堂島薬師堂奉賛会が、江戸時代から続く節分の「鬼追い」行事を伝え、堂島・北新地では花街の風習である「節分お化け」(仮装)が伝えられています。「お化け」は、節分の夜、鬼をやり過ごすためにおねーさんたちが仮装する、関西の花街の伝統行事ですね。
関西経済同友会の提唱で、このふたつの行事を合体させるかたちで、現在のお水汲み祭りがはじまりました。
当日は、奈良の薬師寺から管主が来られ、節分法要がおこなわれます。
その後、薬師寺で祈祷された「お香水」を汲む「お水汲み」がはじまります。今年からは、薬師寺の水と、昨年に「天神の水」を復活させた大阪天満宮の水と混ぜているとのこと。天満宮の方もたくさん来られてました。
その後、堂島アバンザの特設会場にて、薬師寺僧侶たちによる声明のライブが。僕は声明が好きで数々の声明を聞いてきましたが、薬師寺の声明は迫力があって、それはそれはすごいもんです。またハーモニーも美しい。
ステージは、続いて北新地の芸妓衆による舞が奉納されます。今では新地の芸妓衆もめっきり減ってしまいましたが、大阪は芸妓(げいぎ)、京都は(げいこ)、東京は芸者ですが、大阪の芸妓(げいぎ)が一番歴史が古いらしいですね。
今年はなーんと、文楽の桐竹勘十郎さんが、曽根崎心中のヒロイン「お初」さんとともに駆けつけてくれました。これは嬉しいサプライズ☆
その後、堂島薬師堂に祀られている弁財天の化身の「龍」が北新地を巡行し、「お化け」の一団も続きます。
とまあ、今回は3社の節分祭を追いかけましたが、もちろん、これ以外にもたくさんの神社で節分祭がおこなわれており、大阪・キタは、とっても節分が賑やかにおこなわれる地域でもあります。
太巻きの丸かぶりは年々狂躁を増していきますが、それとはべつに、伝統行事に触れて見るのもいいかもしれないですね。
では最後。
お待ちかねの、新地のおねーさん方による「お化け」を!
おまけ。赤鬼ー☆
すし政 中店
大阪市北区天神橋5-6-19
南長柄八幡宮
大阪市北区長柄中1-4-25
露天神社(お初天神)
大阪市北区曾根崎2-5-4
ohatendori.com
堂島薬師堂
大阪市北区堂島1-6
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