天満プランタンのルーツ、心斎橋プランタン

心斎橋プランタン 001
大阪歴史博物館で開催している「都市大阪の起源をさぐる 難波宮前夜の王権と都市」で、今はなき「心斎橋プランタン」の写真や備品が展示されていました。
心斎橋プランタン。大阪を代表する喫茶店。
2003年に閉店して、僕はあんまり記憶はないんですが、こうやって写真を見ると、めっちゃスタイリッシュですね。知らなかったのですが、なんと、村野藤吾の設計ですか。すげーな。

ファザードなんて大きなガラスとタイルで構成されたシンプルな抽象画のような趣で、雑多な心斎橋筋商店街にあって、緊張感を保っているのはさすがのひとことです。
椅子やテーブル、衝立などの備品も、村野藤吾の設計なのだとか。品があります。

さて、僕が根城にしている天満駅南側のプランタンは、この心斎橋プランタンの暖簾分けです。
マスターの西仲さんは、かつて心斎橋プランタンで働いており、そこで焙煎からブレンド、抽出までコーヒーのイロハを身体に染み込ませ、天満にて暖簾をわけてもらったのだとか。

奥さんも、じつは心斎橋プランタンで働いておられ、西仲マスターとはそこで知り合い、そのまま社内結婚☆
宮崎出身の奥さんが現在の天満に居を構えるまでには、いろいろあって、それこそ人に歴史あり!の一代記が書けるほどですが、それはまた後日、機会があれば書いてみたいです。

最近は、本気のコーヒーを売りにしているお店が増えてきたけれども、毎日プランタンでコーヒーを飲んでいる僕に言わせれば、まだまだプランタンの足元にも及びません。
その日そのときの気温や湿気やさまざまな要因を考慮して豆をブレンドし、焙煎の火の大きさや時間を決める技は、極上の職人芸で、そこらの若い衆の本気コーヒーとは次元が違います。
毎日飲んでると、今日は重たい、昨日のは軽かった、というのがわかってきます。その違いを楽しむのもいいし、こちらの体調が悪いと、コーヒーが不味く感じたりもします。いや、ほんとに。
この店で毎日コーヒー飲んでると、コーヒーがいかにデリケートな飲みものなのかがわかります。それもこれも、すべて心斎橋プランタン直伝。この天満にこそ、心斎橋プランタンの真髄が継承されています。

豊崎や江坂、堺などにもプランタンはあるし、天満プランタンとおなじロゴを使っていたりします。
それはすべて、天満プランタンで修行された方が独立し、天満プランタンの暖簾を分けてもらったものです。それも代がわりし、今では天満プランタンとは縁もゆかりもない人が店をまわしているところもあります。
それを考えると、やっぱ、心斎橋プランタンの真髄が継承されているのは天満プランタンだけ。
そのルーツに思わず触れて、嬉しかったのでした。

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大阪歴史博物館 「都市大阪の起源をさぐる 難波宮前夜の王権と都市」

大阪市中央区大手前4-1-32
http://www.mus-his.city.osaka.jp/news/2016/toshioosaka.html

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